アメリカ人事 | アメリカの日系企業に問われるDEIの再設計

アメリカ人事 | アメリカの日系企業に問われるDEIの再設計

~インド企業の地に足の着いた改革に学ぶ~

アメリカにおけるDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)政策が政治的緊張を帯びる中、日系企業はこれまで以上に戦略的なスタンスを求められている。トランプ大統領が2025年に発した大統領令により、連邦政府関連企業におけるDEI施策の禁止が明文化され、大手企業の間でもDEIプログラムの見直しが相次いでいる。

このような逆風の中で、DEIにどう向き合うべきか。そのヒントは、アメリカではなく、インド企業の変革にこそ見出せる。

インド企業が見せた“目的志向”のDEI

米SHRMが報じたところによれば、インドではここ10年で「チェックリスト型DEI」から「文化として根付いたDEI」へと進化を遂げている。特筆すべきは、女性の復職支援、LGBTQ+や障がい者へのインターン機会提供、宗教や出自を問わない採用方針、そして管理職へのインクルージョン教育など、制度ではなく現場の意識と文化の変革に主眼が置かれている点である。

企業の目的が「良い人材を活かす」ことにある以上、その前提として、多様な人材が安心して能力を発揮できる環境を整えるのは、当然の経営課題である。インド企業は、これを“政治色のない実務”として冷静に取り組んでいる。

出所:SHRM “Indian Companies Make ‘Remarkable Transformation’ with I&D”
www.shrm.org/topics-tools/employment-law-compliance/indian-companies-make-remarkable-transformation-with-id

日系企業が取るべき“現実的”DEIの処方箋

アメリカに拠点を持つ日系企業もまた、政治的な配慮を要する環境下で、次のような“実務志向”のDEIへと舵を切るべきである。

1. 「多様性」ではなく「公平性のある機会提供」にフォーカスする

「DEI」というワードを表に出すことなく、スキルベース採用やバイアス除去の仕組みを裏方で機能させることは十分可能である。採用評価シートの見直し、性別や出自に関係ない昇進基準の明確化などは、アメリカでも合法的かつ効果的な対応策である。

2. インクルージョン教育は“文化づくり”と認識する

バイアス研修を「人権意識向上の場」と捉えると、政治的誤解を招くおそれがある。しかし「部下の能力を引き出すマネジメント研修」と位置づければ、DEIと気づかれずにインクルージョン文化を育てることができる。

3. 小さな成功体験を積み重ねる

いきなり制度を作る必要はない。LGBTQ+のインターン採用を一例導入してみる。障がい者の業務マニュアルを整える。育休からの復職を支援する制度を1名から試す。こうした“DEI的であるがDEIとは言わない”アプローチが、現場と本社の温度差を埋める鍵となる。

法的リスクを回避しながらDEIを進めるための具体策

現在のアメリカでは、DEI施策に対する法的なリスクが高まっている。企業が法的リスクを回避しながらDEIを推進するためには、以下のような具体策が有効である。

  1. スキルベースの採用と昇進
    候補者のスキルや経験に基づく評価を重視し、特定の属性に基づく優遇措置を避けることで、法的リスクを軽減できる。

  2. 包括的な職場文化の醸成
    多様なバックグラウンドを持つ従業員が安心して働ける環境を整えることで、自然な形で多様性を促進できる。

  3. 法的な専門家との連携
    DEI施策が現行の法律に適合しているかを定期的に確認し、必要に応じて調整を行うことで、法的リスクを最小限に抑えることができる。

政治リスクを避けつつ、人を活かす

アメリカでは今後、州ごとの規制格差も広がる可能性がある。そうした環境下において日系企業に求められるのは、「社会的トレンド」ではなく、「経営上必要な戦略」としてDEIを再定義する姿勢である。

DEIとは、「誰かを優遇する制度」ではなく、「すべての人が能力を発揮できる環境をつくる仕組み」である。インド企業のように、静かに、着実に、価値ある多様性を育てていくことが、これからの日系企業にとっての現実的な道である。
▼写真の出所
https://unsplash.com/ja/@gettyimages