アメリカ人事 | アメリカでは職務記述書を捨ててスキルベースに移行しているわけではない

アメリカ人事 | アメリカでは職務記述書を捨ててスキルベースに移行しているわけではない

― スキル活用と職務記述・給与透明性はどう両立しているのか ―

近年、アジアを中心に「スキルベースの働き方への移行」が盛んに議論されている。特に、高齢化社会・人材不足・技術陳腐化への対応策として、伝統的な職務記述書(Job Description)を捨て、より柔軟なスキル中心の人材配置を実現すべきだという主張が目立つ。しかしながら、アメリカにおいては職務記述書を排除する動きは見られない。むしろ、スキル活用を進めつつも、職務記述と給与レンジの透明化を両立する方向で進化しているのが実情である。

法制度上、職務記述は不可欠

アメリカでは、カリフォルニア州やニューヨーク州をはじめとする複数の州で、「Pay Transparency(給与の透明化)」を義務づける法律が導入されている。これらの法律では、求人に職務ごとの給与範囲(Pay Range)を明記することが求められる。これは、職務(Job)単位での定義と整合性を取った給与制度を前提としており、スキルだけを基準に給与を決定するモデルとは整合しない

さらに、Pay Transparency法の背景には、長年解決されてこなかった男女間および人種間の賃金格差を是正する」という明確な目的がある。
同一職務に対しては、同一の報酬を支払うべきであり、その前提として「職務内容が同等であることの明文化」=職務記述書の存在が不可欠となる。言い換えれば、スキルによる差別的な報酬設定を避けるためにも、職務ベースの構造が求められている

また、連邦法におけるFLSA(公正労働基準法)では、従業員がExempt(残業代なし)かNon-Exempt(残業代あり)かを判定する際、「職務の本質的機能(Essential Functions)」の記載された職務記述書が必要とされている。ADA(障害者法)においても、合理的配慮の判断材料として職務記述は必須である。

このように、職務記述書は単なる組織内部の説明文書ではなく、労働法に基づく人事判断やコンプライアンスの基盤となっている

スキルを補完的に活用するアメリカ企業の実例

アメリカ企業では、スキルベースの考え方を積極的に取り入れながらも、職務記述書との整合性を維持したまま運用している。以下はその具体的な例である。

IBM:スキルバッジと給与レンジを連動

IBMでは「Skills First」戦略の下、職種に必要なスキルを明確に定義し、スキルの習得状況(バッジ取得)に応じて給与レンジ内での処遇が変動する仕組みを導入している。例えば、Cloud Architectという職務について、「$95,000~$150,000 depending on skills」とスキルに応じた給与幅が求人票に明示されている。スキル評価はあくまで職務単位で運用されており、職務記述を基盤としていることは変わらない

Microsoft:キャリアコンパスとスキル評価の融合

Microsoftでは「Career Compass」という社内キャリア支援ツールを通じて、職務ごとのスキルセットを定義し、従業員の自己評価・上司評価に基づくスキルレベルを管理している。その上で、スキル評価に基づく昇給は、定義された職務レンジ内でのみ行われる。また、Pay Transparency法に対応し、すべての求人票に給与レンジを明記している。

Walmart:スキル習得による時給調整

小売最大手のWalmartでは、ブルーカラー職でもスキルベース昇給制度を導入している。たとえば、レジ係が在庫管理や倉庫業務のスキルを身につけた場合、同じ職務レンジの中で時給が上昇する。求人票では「$15–$22/hour」のように明確なレンジを示し、スキル要件と照合可能な形で運用されている。

職務記述とスキル評価は「両立」するものであり、「代替」ではない

上記の企業に共通するのは、スキルを積極的に評価に取り入れている一方で、職務記述を制度上の基盤として維持しているという点である。アメリカにおけるスキルベース運用とは、次のような形で進められている。

  • 職務記述書にスキル要件を盛り込む(Skill-based Job Description)
  • 同じ職務の中でスキルに応じた給与差を設ける(バンド幅の拡張)
  • 社内異動やプロジェクトアサイン時に、スキルマトリクスを活用

つまり、職務を単位とした制度を前提としつつ、スキルを動的な要素として補完的に活用するのがアメリカの現実的アプローチである。

結論:スキルベースは「補完」、職務記述は「基盤」

アメリカでは、職務記述書を「捨てる」ような制度設計は行われていない。むしろ、法令遵守や給与の公正性・説明責任の観点から、職務記述書は人事制度の中核であり続けている。その上で、スキルを活用することで、人材の流動性・柔軟性・公平性を高める努力が続けられている。

スキルベースの考え方は、組織にとって重要な進化であることに間違いはない。しかしそれは、職務制度と切り離された“革新”ではなく、制度的枠組みの中で共存する“補完”の要素であるべきだ。

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