アメリカ人事| AIによる採用差別訴訟の最前線
アメリカ人事|AIによる採用差別訴訟の最前線

Workday v. Mobley — 年齢差別禁止法(ADEA: Age Discrimination in Employment Act)請求で一部敗訴、HRテクノロジーの転換点
HR Consultant|山口憲和 Norikazu Yamaguchi, SHRM-SCP, MBA
Philosophy, LLC|
■ サマリー
2026年3月7日、カリフォルニア北部連邦地方裁判所(U.S. District Court for the Northern District of California)は、
Mobley v. Workday, Inc. というAI採用ツールに関する重要な訴訟で判断を示した。
Workdayは、企業向けの採用管理システム(Applicant Tracking System)およびAI採用スクリーニングツールを提供する世界最大級のHRテクノロジー企業である。
今回の裁判では、Workdayが提出した
「この訴訟は法的に成立しないため、裁判の初期段階で却下してほしい」
という申立て(Motion to Dismiss)について、
・一部は認め
・一部は認めない
という判断が下された。
特に重要なのは、
年齢差別禁止法(ADEA: Age Discrimination in Employment Act)が求職者にも適用される可能性
を裁判所が認めた点である。
AIを利用した採用プロセスが急速に広がる中、この裁判は
AI採用ツールの法的責任を巡る転換点となる可能性があるケース
として大きな注目を集めている。
■ 事件の概要
本件の原告は Derek Mobley氏 である。
Mobley氏は、自身が
・Workdayの採用システムを使用している
・100社以上の企業
に応募したものの、
すべて不採用になった
と主張している。
そして、その原因は
AIによる採用スクリーニングが年齢差別を生んでいるためではないか
として訴訟を提起した。
訴訟では、以下の連邦法違反が主張されている。
・年齢差別禁止法(ADEA: Age Discrimination in Employment Act)
・公民権法第7編(Title VII: Civil Rights Act of 1964, Title VII)
・障害者差別禁止法(ADA: Americans with Disabilities Act)
さらに2025年には、北カリフォルニア連邦地裁において
年齢差別禁止法(ADEA: Age Discrimination in Employment Act)に基づく全米規模の集団訴訟(Class Action)の暫定認定
が認められている。
つまり、この裁判は
一人の求職者の問題ではなく、AI採用システム全体に影響する可能性がある
重要な訴訟になっている。
■ 裁判所の判断(今回のポイント)
今回の裁判では、Workdayが提出した
「この訴訟は法律上成立しないため、最初の段階で却下すべきである」
という申立て(Motion to Dismiss)について、裁判所が判断を下した。
結論から言うと
Workdayの主張は一部認められたが、最も重要な部分は認められなかった
という結果である。
ここは日系企業の方にも分かりやすいよう、少し丁寧に説明する。
① 年齢差別禁止法(ADEA: Age Discrimination in Employment Act)は求職者にも適用されるのか
Workdayは次のように主張した。
年齢差別禁止法(ADEA: Age Discrimination in Employment Act)は「従業員」を保護する法律であり、求職者には適用されない。
もしこの主張が認められれば、
AI採用ツールによる年齢差別の訴訟は成立しない
可能性があった。
しかし裁判所は
この主張を退けた。
つまり裁判所は、
年齢差別禁止法(ADEA: Age Discrimination in Employment Act)は求職者にも適用される可能性がある
と判断したのである。
これはAI採用ツールにとって非常に重要な判断である。
なぜなら
採用プロセスそのものが差別の対象になり得る
ということを裁判所が認めたからである。
② Workdayが主張した「Chevron原則廃止」の影響
Workdayはさらに次のような主張も行った。
2024年の米国最高裁判決
Loper Bright Enterprises v. Raimondo
によって、
Chevron原則(Chevron Deference)
すなわち
行政機関の法律解釈を裁判所が尊重する原則
が廃止された。
そのため
米国雇用機会均等委員会(EEOC: Equal Employment Opportunity Commission)が示してきた解釈
すなわち
「年齢差別禁止法(ADEA: Age Discrimination in Employment Act)は求職者にも適用される」
という考え方も無効ではないか、と主張したのである。
しかし裁判所はこの主張も退けた。
理由は次の通りである。
・過去の判例はChevron原則に依存していない
・EEOCの解釈は独立して説得力を持つ
裁判所は、
Skidmore基準(Skidmore Deference)
すなわち
行政機関の解釈は裁判所を拘束しないが、説得力があれば参考にできる
という基準に基づき、
EEOCの解釈には十分な説得力があると判断した。
③ 一部の請求は却下された
一方で、Workday側の主張が認められた部分もある。
具体的には
・カリフォルニア州法に基づく一部請求
・ある原告の障害者差別禁止法(ADA: Americans with Disabilities Act)請求
については、
主張や証拠が不十分
として却下された。
ただし重要なのは、
原告には訴状を修正して再提出する機会が与えられている
という点である。
つまり、
この裁判が終わったわけではない
のである。
■ 実務上の注意点
雇用主が今すぐ確認すべきこと
この裁判はAIベンダーだけの問題ではない。
実際には
AI採用ツールを使用している企業自身にもリスクがある
と考えられている。
そのため企業は次の点を確認しておく必要がある。
① AI採用ツールのリスク確認
採用管理システム(Applicant Tracking System)やAIスクリーニングを使用している場合、
・年齢
・人種
・性別
・障害
などの保護対象に対して
差別的影響(Disparate Impact)
が発生していないかを確認する必要がある。
② ベンダー契約の見直し
AIツールベンダーとの契約において
・責任分担
・補償条項(Indemnification Clause)
を確認しておくことが重要である。
③ Human-in-the-loop
AIのみで採用判断を行うのではなく、
最終判断は人間が行っている
という仕組みを整備し、記録しておく必要がある。
④ コロラド州AI法への備え
2026年6月から施行予定の
コロラド州AI法(Colorado Artificial Intelligence Act)
では、
高リスクAIシステム(High-Risk Artificial Intelligence Systems)
を使用する企業に対し、
求職者を含む消費者を差別から保護する
合理的な注意義務(Duty of Reasonable Care)
が課される。
■ リスクレベル
🔴 High Risk
AI採用ツールを使用しているが
社内レビューを行っていない企業
🟡 Medium Risk
AIツールを使用しているが
ベンダー任せで社内検証がない企業
🟢 Low Risk
採用プロセスで
人間の最終判断が明確に存在する企業
■ 日系企業へのメッセージ
アメリカで採用活動を行う日系企業も、この問題は決して無関係ではない。
近年は
・採用管理システム(Applicant Tracking System)
・AIスクリーニングツール
・AI面接評価システム
などが急速に導入されている。
しかし今回の裁判が示しているのは、
「AIが判断した」という説明は通用しない
ということである。
アメリカの雇用法では、
最終責任は常に雇用主にある。
AIツールを導入している企業は、
今一度自社の採用プロセスを確認することを強く推奨する。
■ 情報ソース
■ Disclaimer
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▼写真の出所
https://unsplash.com/ja/@behy_studio